騒音負け日記

騒音被害に遭っている人に何か参考になる事があればいいな…。

ごめんね…マザーテレサ

「思考に気をつけなさい。それは、いつか言葉になるから…

 言葉に気をつけなさい。それは、いつか行動になるから…

 行動に気をつけなさい。それは、いつか習慣になるから…

 習慣に気をつけなさい。それは、いつか性格になるから…

 性格に気をつけなさい。それは、いつか運命になるから…」

 

マザーテレサの名言。

若い頃に、マザーテレサの名言だとは知らずに何かの雑誌で読んで知った気がする。

宗教心も無く、偉人さんの言葉だからという先入観も無く、純粋に心に刺さった。

 

「死ね」や「殺す」なんて言葉は、言うのはもちろん思うのも禁止!と自分の中のルールが出来た。

 

でも、今、この言葉は私を苦しめている。

 

衝撃音がくる度に、途切れ目の無い音が続く時に、「死ね!」と言っている。

騒音主に聞こえるわけじゃない。

言ったって、どうにかなるわけじゃない。

でも、言わないより言った方がスッキリする。

同時に、自分の中の決め事を破っている罪悪感みたいなものも感じる。

 

でも、もしマザーテレサの名言に影響を受けていなかったら、どうなっていただろう?

元々、死ねや殺すと言うのが当たり前だったなら、次は何をしただろう?

ニュースになるような事件も他人事では無かったかもしれない。

 

実際、苦情を何度言っても全く改善されないどころか、嫌がらせや新しい騒音を増やしてきた。

2度の苦情の後、朝6時からの爆音掃除機が増えたのに

管理会社に、まるで騒音主が良い人かのように言われた時には、建物入り口の柵で首を吊ってやろうかと思った。

「201の騒音と管理会社に殺された」と看板でも掲げておけば

誰かがSNSで特定してくれるかもしれないと思うほど追い詰められた。

この時は自分の方に殺意が向いて良かったと思う。

 

先日、100%騒音事件の当事者にならないとは言い切れないと思う事があった。

次のブログで何を言われたかを書こうと思う

今はまだ気が立っていて文章にならない。

 

昔から何でも良い方に考えるようにしていた、辛い事の中にも幸せ探しをしていた。

騒音を出す方で無くて良かった。

音の種類や防音グッズなどの新しい知識が増えせたじゃないか。

アナログ人間が、ネットに初めて書き込みするだけでなく、ブログも始められた。

騒音きっかけばかりで新しい事を始めるのも癪なので、まだ挑戦していなかった楽しそうな事も試してみた。

 

これも、子供の頃にみた再放送のアニメに影響を受けていた気がする。

殆ど思い出せないけれど、この機会に調べてみた。

愛少女ポリアンナ物語」の良かった探しだと思う。

どんなに不幸な時でも、その中から幸せを探す主人公。

 

子供の頃、わりと辛い目に遭っていたので、この時もすごく助けられたのだろうと思う。

今までも、何があっても、あの頃よりは幸せと思う事で全て我慢出来た気がする。

 

ポリアンナ症候群」…?

「直面した問題に含まれる微細な良い面だけを見て、負の側面から目を逸らす事により

現実逃避的な自己満足に陥る症状。マイナス思考よりタチが悪い。」とか書いてある。

 

なんで調べちゃったんだろう…すごく思い当たるけど、知りたくなかった。

副作用がキツくても、飲める薬があるだけで幸せだと思う事で、怖さや辛さが紛れていたと思う。

騒音だって、同じ病気の人なら寝たきりの人も居るだろうし

保護を受けている人なら、3万以上する睡眠イヤホンなど買えなかったかもしれない

私はまだ恵まれていると思うようにしていた。

 

そのもっと辛い状態にある人が同じ目に遭わないようにと理由を付けて

アナログ人間が、騒音体験を発信して頑張らさせてもらった部分もあると思う。

今まで1番助けてくれたポリアンナを切り離す気にはなれない。

 

この前も「片腕男子」の記事を見てチクリとなったところなのに…。

芸人さんを目指していた男性が悪性腫瘍で片腕を切断となり、YouTubeでの発信が話題になったそうです。

本人さん発信のものじゃない記事を見た、辛い思いをして頑張っているものや闘病のものはまだ見られない。

この方の「辛い事を辛いと感じ、自分で幸せのレベルを上げていかなくてはならない」という姿勢が、自分と真逆の生き方だと思った。

こういう風な考え方が出来ていたら違う人生になったのだろうか?

 

もう生き方を変えてみる事は出来無さそうだ。

先日、余命宣告をされた。

そんな時でさえ、不慮の事故や突然死される方の事を思えば

身辺整理をしたり、お世話になった人達にお礼やお別れを言える時間があるのは

幸せな事じゃないかと思い込もうとしている。

 

マザーテレサにもポリアンナにも感謝している。

辛い時に1番必要で求めている言葉が心に刺さったんだと思う。

でも、ちょっと元気になった時に、本当にそれだけでいいのか?と自分を省みる事が出来たら良かったような気もする。

 

このブログは、理不尽だけど引越しが出来て幸せです…って終わり方が出来たらいいと思っていたけれど、後味の悪い話になりそうです。